著者の方法論的ディシプリンファッション(=モード)を対象に社会学してみようという著者の 発想がまとめられた本。厚さはそこそこだが紙の質がいいので見た目 ほどのボリュームはない(実質約150ページ)。行間も広いので、読も うと思えば一気に読めてしまう量である。しかし、新書ということで 気軽に買うというのはお勧めしない。分量に反して内容はかなり濃い。 学術用語もわざわざ説明したりしていないので、分野的な知識がある人向き。 社会学辞典を傍らに置いたり、ネット検索しながら読むのもつらいかも しれない。 本書内容を大まかに紹介すると次のようになるだろう。 まず、本書は3部構成がとられており、第1部「黎明期」、第2部「発展期」、 第3部「洗練期」と分かれている。ファッションに関する学者や知識人の 論を紹介しつつ、ファッションがどのように研究されてきたのかをまと めている。そして、最後に著者の研究スタンスが述べられる。 そもそもファッションというのは近代の個人主義の拡大から生じた ものであるという。かつて、衣服は階級や職業などの社会的地位と結び 付けられ、政治的・社会的義務(共同体の規範)へ従い身につけられ ていた。しかし、個人の自由はその衣服をスタイルという選択的なものへ 変えた。これによりファッション(=流行)という社会現象が生まれ たという。 黎明期における、初期の社会学的なファッション研究としては、ヴェブ |
ひとつのゲームを作ることを通してプログラミングの学習をする本ですひとつのゲームを作ることを通してプログラミングの学習をする本です.結構,本格的なものをつくりますので,まったく「はじめて」という人には少しきついかもしれませんし,他の言語になれている人でVisualBasicは初めてというひとには少し物足りません.インストールからコンパイルして配布ファイルの作成まで解説してますので,これはこれであると便利です.他の入門書とあわせて購入するのがよいと思います. |
試験対策には十分他の人も書いていますが、内容は微妙に古いです。 ですが、この本の内容を理解できたなら、試験合格はほぼ確実だと思います。 あと実際の試験の難易度はこの本の内容よりやや高めです。 |
「未来」へのヒントは「過去」にある明治大正、戦前の英語教育の歴史を辿ると、想像以上にレベルが高く、学習者の需要に合わせたかなり実用的な内容であったこと、更に、音声重視、実践的コミュニケーション力の育成に対しても非常に高い意識をもった取り組みをしていた事実に驚く。当時の英語教育がそっくりそのまま現在のものとオーバーラップしているようにみえる。むしろ実践自体は現在の教育よりもバラエティに富むものであったと感じるのは私だけだろうか。同時に、時代の流れに翻弄されながらも熱意をもって向き合い、英語教育に研究者として、教師として、また公教育以外の場で携わってきた無名の大家たちの大きな業績を思うと、尊敬の念を覚えずにはいられない。 英語教科書を媒体としてインプットされるのは学問的な知識だけではなく、明らかに何らかのイデオロギーが含まれる。単に言語だけでなく挿絵やその構図でさえもが教材となり、それを伝える手段となるのだ。戦時中の教科書から、教材のもつ威力と、教育のもつ「恐ろしい」一面を知らされることになる。政治、社会の圧力に左右される教育の歴史がよくわかる。 教育に対する「政策」のあり方を考える今、過去の有益な実践、失敗から学び、それを現在に生かすことができないだろうか。叫ばれる「英語力低下」をはじめ、英語教育を取り巻く諸問題への解答、更には英語教育の未来へのヒントは、過去を振り返るなかにあるのではないだろうか。『日本人は英語をどう学んできたか』はその過去への扉を開いてくれる書である。 |
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これは現実、それとも狂気? 前作がどうも私にはいまいち怖くなかったので、本書はどうかな、と思ったのだが、杞憂であった。著者の(句読点が多い)個性的な文体が気にならなければ、スタンダードな怖い本として充分楽しめると思う。ただ、怪なのか体験者の気の病なのか結末をぼかし読者の判断にゆだねる話や、よく見るオチの話が幾つか混ざっていたのが少しマイナス。怖い話とそうでもない話に差があるのが欠点だが、いい話は文句なく怖いので、一読して損は無い。 |
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著者の方法論的ディシプリン
ひとつのゲームを作ることを通してプログラミングの学習をする本です
試験対策には十分
「未来」へのヒントは「過去」にある